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漆山家の歴史(1) 「ルーツ」

 私の祖父 二十二代 與十郎(よじゅうろう)は、再編した過去帳の冒頭にこう記しています。

 「先祖は出羽守最上義光の世臣であったが 出羽村漆山(現在の山形市漆山)からこの地に移住して来たものであると言い傳えらる。尚 漆山の半沢家の一隅に漆山屋敷と称する所があると傳えらる。」

最上義光(もがみよしあき):戦国時代から江戸時代前期にかけて出羽国を治めた戦国大名。出羽山形藩の初代藩主。最上氏第11代当主で伊達政宗の伯父
*世臣(せいしん):代々仕えている家臣
*この地:南陽市小滝、当時は米沢領の小瀧村

 過去帳によると、初代の俗名は漆山丹波親次郎左衛門。漆山丹波は南陽市史にも登場し、「最上天童之城主也侍筋」と記されています。歴代の天童城主に漆山姓は見当たらないので、支城の主だったかどうかも含めて明らかではありません。しかし、侍筋(さむらいすじ)、すなわち武士の家柄であったことは、最上家の家臣だったとする過去帳の記述と一致します。
 出生は不明ですが、没年は四百十余年前の慶長十三年二月。当家の旧墓地には30余りの墓石が並んでおり、そのなかのひときわ大きい初代の墓碑には”最上院”の文字が刻まれています。最上領にルーツをもつ人間であることを示すかのように。

旧墓地